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似て否なるもの。

最近うつが大分回復してきたせいか、時々自分の行いが甘えなのか、病のせいだったのか、分からなくなります。

母にも、親がいるから甘えてるのだ。親がいなかったら、病気になんてなっている暇はないと言われてしまいました。

母がそう言う気持ちも分かります。

確かに甘えていると思うし、親がいない、自分一人で立っていなくてはいけない時に、のんきに病気になりました、働けませんとは言っていられないと思います。

でも病になった身だから分かることは、病気になってしまう時は病気になる。どんな非常事態でも、何故こんな時にと思う時でも、病になってしまう時はあるもので、それは自分の意志ではどうすることも出来ないのだ、と言うことです。

こんな風にとらえることすら、甘えになってしまうのかな?

弟に気が滅入ることが続いて、うつ病になるところだったと言われた時、うつな気分と、うつ病では、全く違う物だと説明しました。

でも理解して貰うことは出来ませんでした。

逆に、うつ病の何が分かるのか?と問われて、うつ病になった本人だから分かると答えたところ、偽善だと言われてしまいました。

分からない人に理解して欲しいと願うことは、甘えだと私は思っています。

だから、理解してくれなくてよいから、放っておいて欲しいと思うのですが。

家族は心配しているからでしょう。

何かにつけて、私の生活態度を改めるように、手を出してくるのです。

気持ちはとても有り難いのですが…

たとえるなら、40度近くの熱を出して寝込んでいる所を、無理矢理起こされて、食欲もないのに、栄養をつけないといけないと、無理矢理肉を口に運ばれてる感じでしょうか?

戻してしまいそうです。(T_T)

うつ病が誰の目から見ても分かるような、そんな病だったら良かったのに。

本当にそう思います。

日常感じる不安や、焦りと、うつ病で感じる不安や焦りは、言葉の表現は同じ物だけれど、似ていて全く異なる物だと思います。

感覚を表現するのは難しくて、言葉に表すことが出来ないのが辛いところですが。

病の最中にあると、この感覚は正常な物なのか?それとも病的な物なのか?判断が出来なくなります。

最悪な状態から抜け出して、まともな判断力が戻ってきた時に初めて、あれは異常な感覚だったのだと分かるのです。

でもこの感覚の全てを、理解して貰うことは、きっと出来ません。

見た目も言葉も同じ表現だけれど、まったく別の種類の物。

いっそのことうつな気分とうつ病では、違う名前を付けて貰いたいくらいです。

きっと近い将来、客観的にうつ病を判断できるような、そんな技術が発達してくれると思います。

こころの病と思っていたけれど、それもやっぱり違うな。

脳の機能障害、きっとそれが正解で、脳という機関こそがこころなのだと、そう思います。

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