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気持ちが折れる。

5/24の朝、泪姉さんが息を引き取りました。15歳でした。

22日に動物病院へ行った時の先生の対応から、もう長くはないのだと悟りましたが、それからわずか二日後に看取ることになるとは、思いませんでした。

23日は仕事中も、ずっと泪姉さんのことが気がかりで、ろくに仕事に集中出来ませんでした。

仕事に出る前、私が帰宅するまで頑張っていてねと頼んだので、待っていてくれたのかもしれません。

亡くなる前夜はリフレックスを飲んだというのに寝付かれず、まるでハスキーミックスちゃんを見送った日のような眠りの浅さでした。

母に最後は看取ってやれと起こされて、泪姉さんの元へ急ぐと、最後に小さく口を動かして、それきりでした。

看取るという事が出来たのかどうか、父にぎりぎり間に合ったじゃないかと言われて、涙が出ました。

寝付けなかったこの日、明け方3時頃、泪姉さんの様子を見に行った時、母の隣で寝ている姿に、頭を撫でてあげたのが、元気な最後の姿でした。

あれから数日たって、葬儀も済ませたというのに、未だに私はぽっかり穴が空いたままです。

亡くなった日はご飯も喉を通らなくて、まるでうつを発症した当時を思い出しました。

葬儀の当日は、酷い腹痛で目が覚めて、頭が真っ白になり、貧血を起こしたみたいに、トイレで蹲ったまま、動けなくなりました。

それでも最後に私があの子の骨を拾ってあげなければいけないと言う思いだけで、何とか葬儀を終えることが出来ました。

乳飲み子の頃から育て上げた、私にとっては大事な妹でした。

女々しいのかもしれないけれど、未だに諦められない自分がいます。

諦める必要は無いのかもしれませんが…

仕事も、そんな気持ちのままで出社するので、何とかかろうじてこなしているだけです。

接客業なのに、泣きながらお客さんの前には立てないので、何とか堪えてます。

職場自体も、今月から大幅に方針転換したせいで、仕事自体が減ってしまいました。

その為、人員も減らされてしまって、私は商品を作る仕事から、もっぱら接客ばかりの毎日になってしまいました。

本当は接客は好きではないのですが、今までは例え接客ばかりの毎日でも、泪姉さんと自分の医療費を稼ぐため、我慢しようと心に決めて、働いていました。

でももう泪姉さんはいないのです。

私は一体何を支えに働けばいいのか?分からなくなりました。

仕事なのだから、えり好みしないで、我慢しなければと思ってきましたが、先輩のように、不満を口にして、実際に自分の望むような仕事に優先的に配置されてる人もいます。

そう言う人がすぐ側にいるのに、自分だけ我慢を強いられるなんて、馬鹿らしい。いっそのこと辞めてしまおうか?そう言う思いもあります。

でもこの不況下、仕事を辞めて、すぐ次があるか分からないし、前回転職に失敗したのが私のうつの引き金にもなりました。

カウンセラーさんに言われた言葉が思い出されます。

頑張ってどうにかなるものと、頑張ってもどうにもならないもの。この二つを分けなさい。

きっと泪姉さんのことも、私の職場での待遇も、どちらも私が頑張ってもどうにもならないものだったのだと、思うのです。

頑張ってもどうにもならないことを、どうしたら諦められるのか?

それが出来ないから辛いのだと、思うのです。

割り切れない、諦められない、受け入れられない。

出来ない私が未熟者なのか?只の欲張りなのか?

今は辛くても、時がたてば受け入れられるのでしょうか?

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