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死生観。

大地震以来、私の中の死生観も、変わったような気がします。

死とは、どこか日常とはかけ離れた所にある物のような気がしていましたが、本当は日常のすぐ隣にあって、日常の延長線上にある物なのだと、しみじみ思いました。

未だに余震が続き、原発の不安を抱える場所に住んでいるせいもあると思うのですが、生かされている意味があるのだろうか?と、そんなことをふと考えたりもしました。

たぶん人間は普段死について考えない生き物なんだと思います。死=タブーという感じで、あえて見て見ぬふりをする。だから日常を過ごすことが出来るのかもしれません。

たまたま最近書き上げた、裏ブログ(オタクブログ)で公開中の小説の内容が、行方不明の恋人が生還するのを待っている…と言った感じの内容なのですが、現実の前では私の書く言葉なんて薄っぺらい物でしかないのかもしれないと、そう思ってしまいました。

当たり前、普通という名前の日常を過ごす事。

うつになって当たり前が普通じゃなくなって、日常を過ごすことがどれ程有り難いことか、身に滲みた私でも、ある日エアポケットのように落とし穴に落ちる、日常からかけ離れた死があるという現実は、衝撃的すぎて言葉がないのです。

遠いどこか夢の話しでもなく、現実なんだと、思い知らされている気がします。

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