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日常がある有り難さ。

大地震以来、水を被って使えなくなってしまった電話機を取り替えました。あとFAXも壊れてしまったので、こちらも新調しました。

お陰様で何とか設定も終わったのですが、2台も一度に取り替えたので、少々くたびれました。

…電話機の設定するだけで疲れてる私って一体。il||li _| ̄|○ il||li

震災後、混乱が続いていた私の住む町周辺も大分落ち着きを取り戻してきて、時々未だに原発問題があることを忘れそうになります。

忘れてはいけないのだろうと思う半面、どうにもならないことをいつまでも心配していても仕方がないと言う気持ちもあって、普通という名前の日常があることで救われているのだと思います。

震災関連のニュースを見ていると、日常があるから安心するという記事を何度か見ました。

本当にそう思います。

情報があるから安心なのか?と言うとそうじゃなくて、何だか情報があることでかえって振り回されていた気がします。

知らなくていいことは、知らない方がいいのかもしれない。

そんなことを思ったりもしました。

震災後の食料不足というか、空っぽの商品棚と、群がるように買い物に走っていたお客さんを思い出すと、あの一種独特の底知れない不安感は、何とも言えない物があったなと思います。

私はうつ病になってから、当たり前の普通と言う日常がおくれない日々を、数年間体感しているので、日常が有り難い物だと言うことは、大地震が来る以前から理解していました。

人間らしい生活というか、自分でも思うようにならない生活を送ったことのない人には、非日常の生活は余計にきついのじゃないかと思ったりもします。

廃人のような時間をすごし、昨年くらいからようやく人間に戻ってきたような気がするのですが、本当のところは未だに病気になる前の自分に戻っているわけでは無いのだと思います。

元に戻ると言うより、また違った道に進むというか、そう言う物なのだろうけれど、普通に取りあえず生活できるというのは、本当に当たり前すぎて何を今更そんなことと思うけれど、大事なことだと思います。

未だに治らない風邪(というか副鼻腔炎)もあるけれど、たくさんを望んではいけないのだと、ちょっとくらい調子悪いくらいが普通だと思うしかないのかも。

日常がこの先も日常であって欲しいなと思います。

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心と体」カテゴリの記事

コメント

自分もうつで数年苦しみました。

何気ない日常のありがたさは同感です。

「向上心が無い」とか

「どうせ休日は何もやることが無いんだろ」とか

冗談交じりに言われるけど

何も無い日常のありがたさが身にしみて感じれる

ようになってからは、これらの中傷は右から左に

流せるようになってきました。


他の人より歩みは遅く、現状維持のように見えます

が、きっとほんの少しづつ前進しているんだと思い

ます。


薬を飲んでの生活ですけど、それで日常が普通に

過ごせるのならそれでいいのだと思っています。

以前の自分には戻れなくても・・・

投稿: yoshi | 2011年4月11日 (月) 08時04分

yoshi様コメントを頂き、ありがとうございました。
yoshi様の心中が痛いほど伝わってきました。
うつを抱える葛藤、これは病気を体感した者にしかわからない苦しみなのだと思います。
私もたぶんこの先もずっと薬のお世話になるだろうと思っています。
私は幼少時より生きにくさを感じながら育ったので、うつ病になったことはある面当然というか、どこかでうつ病を抱えながら生きることを受け入れなくてはいけなかったのだと、理解しています。
病気になる以前の自分には戻れないかもしれないと言う悲しみ。
100%完全な形では戻れなくても、半分でも良いのじゃないか?
そんな風に思えるようになってから、少し目の前の霧が晴れた気がします。
yoshi様もどうか焦らず、ご自愛なさって下さい。
周囲の人のペースにはついて行けなくたって、自分のペースで歩けばいいのだと思います。
ありがとうございました。<(_ _)>

投稿: Re:はやおです。 | 2011年4月11日 (月) 16時02分

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