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選民志向?

最近、出生前診断を受ける人が増加しているという記事を読みました。

出生前診断(しゅっしょうまえしんだん)とは、胎児の異常の有無の判定を目的として、妊娠中に実施する一群の検査のこと。(詳しくはぽちっとな→出生前診断とは

偶然記事を読む少し前に友人から出生前診断という物があると聞かされていたので、興味を持ちました。

胎児が出生前に染色体異常が無いかどうかや、病気の有無を判定できるとあって、診断結果次第では妊娠中絶か継続かを迫られるケースもあるようです。

事前に障害があるかどうかが分かると言うことで、胎児を選別する事になるなど、いろいろ倫理的にも感情論的にも論議が高まってしまうみたいです。

私はたぶんこの検査を受ける機会があったとして、異常が見付かったら、きっと子供は産まないだろうなと思います。

胎児の命を親のエゴで選別して良いのか?と言う意見もあると思いますが、障害を持ったまま一生生きる事を強要するのもまた、親のエゴじゃないかと、そう思うからです。

ある面選民志向的な事だと思うのですが、きっと昔だったなら産まれてきたとしても、育つことが出来ない命、淘汰されてしまう命が、現在の医療水準では生かされてしまっているのだと思うのです。

それが良いことか悪いことかは分かりませんが、障害を抱えて生きることの辛さは並大抵のことではないと思うのです。

五体満足に産まれてきても、世の中の普通という標準から外れた人間は、とても生きづらいのです。

いわれのない差別や、イジメを受ける事もあります。

そう言った絶望を抱えて生きていけるだけの強さが、果たして産まれてきた子供にあるのかどうか?

一生涯幸福に暮らせるという補償なんてありません。

産まれながらにハンデがあると言うことは、もうその時点から普通ではないのです。

普通に生きる事がどれだけ難しいことか?

普通が当たり前の人にはきっと理解できないと思います。

命に優劣などはなく、人の命は尊い物だという理想を否定するつもりはありませんが、現実には人間は平等などではなく、他人がハンデを代わってくれやしないのです。

経済的にも恵まれ、幸福な人生を送ってきた人だったら、ハンデのある子供を授かったとしても、その子を幸せにすることが出来るかもしれません。

でも経済的な余裕もなく、お世辞にも恵まれた人生を歩んでこなかった私には、きっと幸せにしてあげることは出来ないだろうなと思うのです。

いろんな考え方の人がいて、全てを知った上で、受け入れる人もいると思います。

結局どうするかは本人次第で、第三者が口を挟む事ではないのだと思います。

五体満足に産まれてきても、うつという絶望を知っている私は、自分の子供が絶望するだろうとしたら、それがどれだけ辛いのか分かっているだけに、そんな苦しい思いはさせたくないのです。

苦しくたって、辛くたって、希望を見いだして強く生きると言うことが、産まれながらにして誰に教わるでも無くできる人間がどれだけいるのか?

何年も何十年も暗いトンネルをさまよい歩いて、ようやく光を見いだすまでの苦闘がどれ程のものなのか?

分かっていると、いないでは、世界は天と地ほどの開きがあります。

…なんて、今日はちょっと真面目なことをぼやいでしまいました。(^_^;)

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